仕事が原因で負ったケガや病気が治療後も完全には回復せず、身体に一定の障害が残ってしまうことを「労災による後遺障害」といいます。だれにでも起こり得るリスクの一つですが、いざ自分や家族が直面するとその手続や給付金の制度が複雑で戸惑ってしまいます。そこで本記事では、労災による後遺障害の概要や申請の流れや給付される補償金額の詳細まで、わかりやすく解説します。
労災による後遺障害とは?
労災による後遺障害とは、仕事中の事故で負ったケガや業務が原因で罹患した病気が、治療を終えても完全に回復せず身体に何らかの障害が残ることを指します。勤務中だけでなく通勤や退勤中に事故や事件に遭って負ったケガや病気も労災として認定されるため、完治しなければ後遺障害と認められます。 負傷をした場合に労災が認められると、労災保険から療養補償給付などの給付金が受け取れます。ただし、療養補償給付は「治療」や「症状固定」した時点で補償が終わってしまいます。そのため、労災によって後遺障害が残った場合は、後遺障害等級の認定を受けて障害補償給付を受ける必要があります。
障害補償給付の障害等級と給付金額について
障害補償給付とは、業務や通勤中に傷病を負って治療を行ったあとも一定の障害が残った場合に支給される給付金です。支給額は、障害の重さを表す障害等級に基づいて決まります。障害等級は1級から14級までの14段階に分類されており、数字が小さいほど障害の程度が重いです。
たとえば、14級の場合は、軽い神経症状が残ったりまつげの一部がはげたりしたケースが当てはまります。対して1級は肩からの両腕の喪失や両眼の完全な失明など、1人で日常生活を送れず介護が必要になったケースが該当します。また、植物状態になったケースも1級に当たります。
障害補償給付は、障害等級が1級から7級までと8級から14級までで、給付金の受け取り方や支給額が異なります。障害等級が1級から7級までの場合は、障害補償年金として定期的な年金支給を受けられます。1級では給付基礎日額の313日分、7級では131日分が毎年支給されます。一方、等級が8級から14級に該当する場合は、障害補償一時金が支給されます。8級では給付基礎日額の503日分、14級では56日分が一括で渡されます。
このような障害補償給付をもらうためには、後遺障害等級の認定を受けることが不可欠です。申請手続には、医師の診断書などを提出する必要があります。
労災の後遺障害認定を受ける手順
労災によって後遺障害が残ってしまった場合、労災保険から適切な補償を受けるには、後遺障害認定を受ける必要があります。ここでは労災の後遺障害認定を受けるための具体的なステップについて、申請の流れや必要書類や注意すべきポイントを詳しく解説します。
1.医師から症状固定の診断を受ける
労災の後遺障害認定を受けるときは、まず傷病の治療を行い、完治しなかった場合は医師から「症状固定」の診断を受けます。たとえ治療を行った結果としてケガや病気が完治しなくても、症状が落ち着いていないことには後遺症があるのかないのか判断できません。そのため、症状の完治が見込めない場合でも、まずは病院に行って治療を行うことが重要です。そしてもし一定期間継続して治療を受けても症状が完治しない場合は、医師から症状固定の診断を受けます。
症状固定とは、傷病の治療を続けていても一定の時点で「これ以上の改善が見込めない」と医師から判断された状態を指します。医療によってこれ以上改善する見込みがなくなった段階、ともいえます。 症状固定の診断は、労災による後遺障害認定の手続の重要な第一歩です。症状固定が認められるとその時点で労災保険による治療のための給付が終了し、後遺障害の有無やその程度が評価されるプロセスに進みます。そして、症状固定後に後遺症が残っている場合は、その程度に応じて障害等級が評価されて障害補償給付の対象者として認められます。
2.医師に後遺障害診断書を作成してもらう
症状の治療を行っても完治せず医師から症状固定の診断を受けたら、次に「後遺障害診断書」を作成してもらいましょう。後遺障害診断書は、後遺症の程度や内容を記したものです。後遺障害等級認定を受ける際に、労働基準監督署へ提出する重要な書類でもあります。 診断書の作成では、治療を担当した医師が後遺症の状態を正確に記載します。具体的には、傷病名、障害の内容、日常生活における制限の程度、治療の経過や現在の症状の固定状況などが詳細に記録されます。
後遺障害診断書に記載された内容が不十分で曖昧な場合、後遺障害等級の認定が下りず、正当な等級に認定されないおそれがあります。後遺障害等級で何級に認定されるかは給付金額に直結し、その後の生活保障にも大きな影響を与えます。そのため、後遺障害診断書を医師に作成してもらうときは、自身の症状を正確かつ詳細に伝えることが大切です。
3.障害補償給付申請書を労働基準監督署長に提出する
医師から後遺障害診断書をもらったら、障害補償給付申請書を労働基準監督署長に提出します。申請書の提出は、後遺障害等級認定を受けて障害補償給付をもらうための重要なステップです。 書式は、厚生労働省のサイトから閲覧やダウンロードができます。必要な申請書は、業務災害と通勤災害で異なります。
業務災害の場合は様式10号の「障害補償給付支給請求書」、通勤災害の場合は様式16号の7の「障害給付支給請求書」を使用します。申請書へ記載する内容は基本的な個人情報から始まり、事故の概要や症状、傷病の発生日や症状固定日、労災の原因や状況などを記入します。また、障害補償給付申請書には事業所記入欄が設けられており、ここは会社に記入してもらう必要があります。しかし万が一、会社が申請に協力してくれなかった場合は、無理に記入しなくても構いません。その場合は「会社が協力してくれないため記入できませんでした」などと書いておくとわかりやすいです。申請書へのすべての記入が終わったら、医師に作成してもらった後遺障害診断書など、その他の必要書類も添付して労働基準監督署へ提出します。
4.後遺障害等級の審査が行われる
労災に遭い後遺障害の給付金申請を行うと、労働基準監督署によって後遺障害等級の審査が開始されます。審査項目は労災事故の内容や被災労働者が負った後遺症の有無、症状の内容や程度についてです。 審査の際には申請書はもちろん、主治医の診断書や提出された各種の医療記録も重要な判断材料として役立ちます。労働基準監督署の担当者はこれらの提出された資料をもとに、被災労働者の後遺障害がどのくらい労働力や日常生活に影響を及ぼしているかを評価します。 さらに、後遺障害等級の審査では書類によるものだけでなく、調査員との面談や情報の照会なども行われます。面談では労働基準監督署の調査員が、被災労働者本人と質疑応答をします。提出された書類だけでは等級の判断が難しいときは、病院などに患者の治療経過や検査結果についての回答を求めることもあります。
後遺障害等級の審査結果が出るまでには通常3ヶ月程度で、遅ければ6ヶ月程度かかります。また追加の書類や、医師の診断書の再提出を求められることもあります。スムーズに給付金を受領するためにも、十分な準備と早めの申請を行いましょう。
5.後遺障害等級の認定がされる
労働基準監督署による審査が完了すると、被災労働者の後遺障害が後遺障害認定基準に該当するかの判断が下されます。基準に該当して後遺障害が労災として認められた場合は、後遺障害等級の認定が行われます。
後遺障害等級は、1級から14級まで段階的に分かれています。1つの症状でも程度によって認定される等級は異なり、また認定等級によって得られる給付金も上下します。そのため自身の後遺障害がどの等級に認定されるかは、被災労働者にとって重要なポイントです。 たとえば、後遺障害で神経症状が残った場合でも、症状の重さによって認定等級が異なります。症状が残った場合はもっとも低い14級、労働はできるが簡単な業務しかできない場合は5級です。また、労働はできないが日常生活は自分のみで送れる場合は3級、常時介護は不要だが随時の介護が必要な場合は2級、1人で日常生活が送れず常時介護が必要ならもっとも重い1級に認定されます。
このように神経症状という1つの症状でも、その程度に応じて後遺障害等級は変化します。後遺障害等級は数字が小さいほど重く、受け取れる給付金の金額も大きいです。そのため、労災による後遺障害が残った場合は症状に即しつつ、できるだけ高い後遺障害等級の認定を受けられるようにしましょう。
労災による後遺障害申請の注意点
後遺障害申請の手続には多くの注意点があり、知らないと認定が遅れたり補償額が減少したりする可能性があります。ここでは、後遺障害申請手続を進める際に特に気をつけるべきポイントを解説します。
申請には時効がある
労災による後遺障害の申請においてまず注意すべき点は、申請に時効があることです。労災保険の障害補償給付の請求ができるのは、後遺障害が確定して症状固定の診断を受けた翌日から5年までです。この期間を過ぎてしまうと、たとえ後遺障害が残っていても給付を受ける権利を失ってしまいます。そのため、労災によって負った傷病が完治する見込みがない場合は、症状固定後にすぐに後遺障害等級の認定を受けて障害補償給付を受け取りましょう。後遺障害の認定には医師の診断書や病院での検査結果や障害補償給付申請書など、各種書類の準備が必要です。また、書類提出後には審査が行われ、認定には長いと3ヶ月ほどかかります。そのため、後遺障害の認定を受ける場合は、症状固定後にできるだけ早めに申請手続を進めることが重要です。
補償金が受け取れるタイミング
給付前には、労働基準監督署から支給決定通知が発送されます。この通知書がきたら、まもなく給付金が支給されると覚えておきましょう。 労災による後遺障害を負った方は生活費や医療費などが継続的に必要になり、補償金を待っているあいだは経済的な負担を感じることもあります。そのため、手続の準備は早めに整え、スムーズに申請を行いましょう。
認定されないケースもある
労基署に対して障害補償給付の申請をしたとしても、必ずしも後遺障害等級の認定が受けられるとは限りません。労災による後遺障害等級の認定率は公式データがない一方で、交通事故の後遺障害等級の認定率は5%といわれています。原因は異なりますが、後遺障害の認定を受けるのは難しいことがわかります。
後遺障害が認定されない最大の理由は、後遺障害等級の認定基準が厳密であるためです。特に痛みやしびれなど本人にしか感じられない症状は、認定基準を満たすと判断されるのが難しいです。原因や程度がレントゲンやMRI検査などの他覚的所見で裏付けられないと、後遺障害として認定されません。しかし、後遺障害等級の認定結果に満足できない場合は、審査請求で不服を申し立てることが可能です。また、審査請求の結果に不満があるときは、再審査請求もできます。
審査請求・再審査請求が可能
審査請求とは、後遺障害の認定審査をもう一度行ってもらうための請求です。期間は、障害補償給付の支給・不支給の決定があったことを知った日の翌日から3ヶ月以内です。決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の、労働者災害補償保険審査官に請求します。署の決定が不当であると判断された場合は、その決定の一部あるいは全部が取り消されます。 再審査請求とは、審査請求の結果に不満がある場合に行う請求です。審査官から決定書の送付を受けた日の翌日から2ヶ月以内が請求期間です。請求は労働保険審査会に対して行い、審理にて不服内容の当否判断をしてくれます。
労災における障害補償給付の申請は弁護士に依頼がおすすめ
労災による後遺障害等級の認定は、その後の労働者の生活を支える給付金額を左右します。そのため、手続をスムーズに行い適切な等級認定を受けるためにも、申請は弁護士に依頼するのがおすすめです。ここでは、労災における障害補償給付の申請を弁護士に依頼するメリットを解説します。
適切なアドバイスを受けられる
労災による後遺障害等級認定の手続を弁護士に依頼することで、正しいアドバイスを受けられます。労災の後遺障害認定手続は複雑で、法律の専門的な知識が必要です。詳細な診断書や証拠書類も用意しなければならず、準備が不十分だと適切な等級が認められずに本来受け取れる給付額が減額されてしまいます。
一方、弁護士に依頼すれば、専門的なアドバイスやサポートを受けながら後遺障害の認定手続を進められます。医師への診断書作成の依頼や等級認定のための申請書の記入など、一人では対応が難しい局面において、知識と経験のある弁護士に頼れることは被災労働者の負担軽減につながります。自分だけではわからないことも、弁護士がいればすぐに質問して解決できるため、難しい手続でも安心して完了させられます。
障害補償給付の申請手続を任せられる
弁護士に後遺障害等級認定のサポートを依頼すれば、併せて障害補償給付の申請も任せられます。弁護士は障害補償給付申請のポイントを熟知しており、正確な申請書類の作成が可能です。被災労働者のために手続全般をスムーズに進められます。
不服申立ての手続の依頼ができる
障害補償給付の支給・不支給の決定内容に納得できない場合、不服申立ての手続をお願いできることも弁護士がいることのメリットです。不服申立てには審査請求や再審査請求などがあり、一度決定した等級の見直しを求めることが可能です。しかし、これらの手続は複雑で、法的な知識や経験が必要です。そこで弁護士のサポートが大きく役立ちます。弁護士なら不服申立て時に必要な書類を正確に作成できるため、認定の見直しが認められる可能性が高まります。 不服申立てには期限がありますが、弁護士なら限られた期間内でもスムーズな手続進行が可能です。後遺障害等級認定で弁護士からの支援を受ければ、被災労働者は適切な給付金をもらいやすくその後の生活が大きく保障されます。
まとめ
労災による後遺障害とは、仕事中や通勤退勤中に負った傷病が完治せずに症状が残ることです。後遺障害を負った場合、障害補償給付をもらうためには後遺障害等級の認定を受ける必要があります。ただし、後遺障害の認定は手続が複雑で、診断書の準備や申請書を提出しなければなりません。そのため、申請の際は弁護士に相談して、スムーズな手続や適切な等級認定を支援してもらうのがおすすめです。